滋賀県に住む1児の母、Eさんのコラム
ママから赤ちゃんへの最初のプレゼントは骨盤ケア

 
【はじめまして】
はじめまして、滋賀県在住のEと申します。現在8か月になる女の子の母です。
私は助産師ではなく、普通の一母親ですが、このコラムが誰かのきっかけになれば、とても嬉しいです。

【初めての妊娠と死産】
結婚を機に仕事を辞め、興味のあったヨガや海外旅行を楽しみながら、のんびりと1年あまり暮らしていました。
その後、妊活モードに切り替えたにもかかわらず妊娠せず、県内の不妊治療をしている産婦人科に行ったところ、すぐに授かりました。結婚3年目の待望の我が子でした。
妊娠6週に切迫流産で1か月ほど自宅安静、妊娠11週頃からお尻が痛くなりはじめ、産院に相談すると、トコちゃんベルトを勧められ、着けてみると、だいぶ痛みが和らぎました。
でもこの時はまだ骨盤ケアの大切さを知らず、骨盤高位で着けることも体操もせず、ベルトを着けるだけでした。
妊娠16週頃まで悪阻が続いたものの、その後はヨガや旅行やショッピングを楽しみ、マタニティライフを満喫しました。
妊娠30週頃里帰りをしましたが、夜眠れない、少し動けば動悸がして動くのがつらいなどの症状に悩まされました。
それでもネットで調べればよくあることのようだし、「妊娠後期はそんなものなのかな? 赤ちゃんはよく動いているしな~」と思っていました。
妊娠34週の健診で、「赤ちゃんは元気だけど、お腹が張っているから薬を飲んで家で大人しくしているように」と言われ、切迫早産と診断されました。
すると今度は薬の副作用なのか、泥のように眠くなり、翌朝、胎動で起きたものの、朝ごはんを食べたらまた眠くなって寝落ち。
お昼を過ぎても寝ていたので起こされて、ごはんを食べたものの、赤ちゃんは動いてこない。しばらく様子を見たけれど、午後3時を回っても動いてこない。「あれ? いつから動いてない?」と、顔面蒼白になり産院へ連絡。
急遽診察してもらいましたが、すでに赤ちゃんは亡くなっており、数時間は経っていると告げられました。
この日から火葬されるまでの5日間の出来事は、3年経った今もまだ冷静に話せません。妊娠9か月にもなれば、当たり前のように生まれて来ると思っていました。
お腹が張っていることにも気づいていなかった私は、薬を内服することになり、そして、眠くて眠くて起きていられなくなり、その間に弱っていった我が子の胎動に気づいてやれなかったのです。

【信子先生との出会い】
死産の後、2か月ほどで生理が再開、滋賀県の産院に戻り、妊活再開となりました。
死産の原因は「不明」と言われましたが、自分を責める日々でメンタルはボロボロ。そのせいか妊娠前以上に体重は減少、骨盤はグラグラ、お尻の痛みも一向に治らず、歩くのも足を引きずって…。
もはやトコちゃんベルトを着けるのがいいのかどうかもわからず、「これでは妊娠するわけがない」と、治療を受けながらも頭の片隅で思っていました。
けれど、亡くなった赤ちゃんを抱っこしたとき、「どうしても、もう一度産みたい」と思った私は、「とにかく、自分を立て直そう、そしてもし授かることができたら、絶対にお腹が張らないようにしよう」と思い、初めてちゃんと自分の体と向き合いました。
色々調べていると、滋賀県にある“かわぐち助産院”のHPに行きつきました。助産師さんが、妊娠中や産後の体の痛みを整体で治しているとあったのです。行ってみると、お尻が痛くて寝返りが打てず、両手を使ってゆっくりしか起き上がれなかったのが、すっと腕を使わずに起きて歩けるように(@@)
ベルトの着け方も一から教えてもらい、強く締めすぎていたことがわかりました。
あまりに一瞬で治ったことに驚いて、「あの整体は一体何?」と思い、また調べていると、今度は京都トコ会館のHPにたどり着き、信子先生を知りました。
また、同じ時期に、たまたま古本屋で信子先生の著書『骨盤妊活ブック』を見つけ読んでみると、流産や早産のリスクの高い骨盤や体のことが書いてあり、「え? これ私のことや!」とまたびっくり。
すぐに京都トコ会館に連絡し、信子先生の診察を受けに行きました。すると、やはり本にある通り、「そもそも、その体でよう妊娠できたね~」と信子先生に言われる始末。死産から1年と半年が経っていました。

【2度目の妊娠と出産】
骨盤ケアの大切さを知った私は、せっせと教えてもらった体操をして、月に1度信子先生の施術に通いました。そして、死産から3年後、再び妊娠。
初期に今回も切迫流産と診断され、1か月ほど自宅安静になりましたが、ベッドの上でも骨盤ケアを続けました。
また、お尻の痛みは出ることなく、お腹が大きくなってくると、下肢静脈瘤が出ましたが、前回のように眠れない、動悸がするといった症状はなし。
コロナ禍だったので、信子先生のオンライン指導を受け、朝昼晩3回体操をし、“助産院いちびこ”の“まるまる育児オンライン教室”に参加し“おひなまき”の練習に励みました。
そして最後まで切迫早産になることなく、39週5日目の朝破水、12時間後、3,235gの元気な女の子を出産。
分娩時、最後の最後でベルトを外されてしまい、出血量が多くなって残念でしたが、赤ちゃんは「血色がすごくいい!」と助産師さんが連呼するほどピンク色で、出てきた胎盤を見て、「お母さん、いい胎盤してたよ!」と言ってもらえました。やっと元気な赤ちゃんを抱っこできて本当に嬉しかったです。

【まるまる育児】
赤ちゃんは最初から本当によく寝てくれる子でした。すぐに練習した基本の“おひなまき”やシュシュを使った“シュシュ巻き”を取り入れて、生後1か月を過ごしました。
けれど、真夏でもあり、首の後ろに湿疹ができでしまい、なかなかピーロを着けることができない日々…。
それでも“まるまる抱っこ”と“まるまる授乳”は徹底し、主人にもまるく抱っこしてもらいました。
生後3か月の頃、はじめて赤ちゃんと2人、信子先生のところに行くと、「今年診た中でベスト5に入るきれいな首やわ! あんたからようこんなええ子が出てきたな~」と言われ、ひと安心。
それからも、無駄泣きもせず、ひとり遊び上手に育っているので、楽しい子育てをさせてもらっています。

【最後に】
今でも「最初の妊娠からもっと自分の体を整えていたら、準備をしていたら…」と後悔しています。そして今は、“ママから赤ちゃんへの最初のプレゼントは、名前や品物ではなく、骨盤ケアを”と思っています。
母親が「妊娠できる体なのか、できない体なのか」だけでなく、こんなにも赤ちゃんの成長や発達に影響があるなんて…、知らなかった。
けれども裏を返せば、お母さんの気づきと努力によって、赤ちゃんに、元気で健康な体という、何にも代え難いプレゼントを贈れることもわかりました。
これからも、骨盤ケアと“まるまる育児”で、笑顔の多い毎日を過ごしていきたいです。