札幌市の勤務助産師 堀江芽恵子さんのコラム
札幌近辺に住む母子が集まれるコミュニティ作りを目指して
【はじめに】
皆さん、はじめまして、札幌市内で骨盤ケア教室を開催している助産師の堀江 芽恵子と申します。
私は北海道の室蘭市で生まれ育ち、小さい頃から赤ちゃんが大好きで、高校卒業と同時に北九州市にある新日鐵八幡記念看護専門学校に入学しました。高校の先輩がそこを卒業して助産婦になっていたのを知っていて、「そこに行けば自分の目指す助産婦になれるはず!」と思ったからです。
室蘭から大ジャンプした理由は新日鐵つながりで、私が通っていた高校など室蘭近辺の高校から、合わせて5名の推薦枠があったからなんです。
卒業後は室蘭の製鉄病院に戻って3年間(助産学校卒業後ならば4年間)働くことがルールだったのですが、数年前にはそのような制度は無くなってしまったようです。
平成12年に看護学校を卒業と同時に、同じく北九州市にある国立小倉病院看護助産学校助産婦科に進学。平成13年に卒業し、室蘭に戻って市内の総合病院産婦人科病棟に就職。3年半勤務した後、結婚のために退職し苫小牧の住民となりました。
その後まもなく夫の転勤で札幌・釧路・札幌と道内を行ったり来たり、平成22年から札幌に定住しています。
現在は中学1年生の女の子、小学3年生と3歳の男の子の育児をしながら、石狩市の産婦人科クリニックでパート勤務をしながら、骨盤ケア教室を開催しています。
不妊治療をして妊娠に至る人の割合が年々増えていく中、「3人も子育てをしながら仕事もしているなんて、すごいですね! いいですね」と言われることもたびたびあります。
しかし、私自身の妊娠も決して順調な自然妊娠というわけではありませんでした。
1回目は自然妊娠で、産婦人科を受診したのですが、喜ぶのも束の間、子宮外妊娠(子宮間質部妊娠)で緊急手術。その後の検査で両卵管閉塞がわかりました。そのため不妊治療専門病院に通いながら、自己注射で卵子を育て、採卵・受精卵の移殖という、高度生殖医療のおかげで子どもを授かりました。
【トコちゃんベルトとの出会い】
今から13年ほど前、新人の頃から現在までお世話になっている先輩助産師 長島英津子さんに誘われ、苫小牧の産科クリニックにパートで勤務していました。当時は札幌に住んでいたので、高速で片道1時間半かけ週に2~3回、途切れ途切れではありましたが、トータルで1年半くらい通勤していました。
そのクリニックで一緒に働いていた助産師が、「トコちゃんベルトって、開いた骨盤に良いみたいよ」と語り合っているのが耳に入りました。
このときの私は、妊娠したいと特に意識していたわけでもなく、何か症状があったわけでもなく、「どんなもんなのかなぁ? 妊婦さんが使うもののようだし、試しに買ってみよう」くらいの気持ちで購入しました。
使い方も自己流で、ズボンの上からベルトを着け、仕事をしているうちにズレ上がり…。トイレのたびに着けたり外したりするのが面倒で、結局タンスの中がベルトの定位置になっていました。
その後、妊娠したのですが、第1子、第2子妊娠・出産・産褥期に、トコちゃんベルトを使うことなく過ごしていました。
第2子出産後しばらくしてから、九州の産婦人科で既に骨盤ケアを頑張っているという助産学校時代の同級生岩本富美子さんと話す機会がありました。
そのとき、骨盤ケアについていろいろ聞き、札幌で開催されたメンテ“力”upセミナーの受講を勧められ、受講したのが始まりでした。
受講後は、それまでは自己流で使いにくさを感じていた、ズレ上がり・面倒などの問題が解消!その他、今まであまり気にしたことがなかった自分の体の不調、例えばバンザイをすると肩が「バキッ!」と鳴ることや、体の硬さを実感し、簡単な体操をすることで使いやすい体、動きやすい体になることがわかりました。
その後は「骨盤ケアの必要性がわかった!」「妊婦さんに指導できるようになりたい!」と、トコちゃんベルトアドバイザーの資格をとり、ベーシックセミナーも受講しました。
病院で患者さんや知り合いと話したりすると、「もう使わなくなった友達からベルトをもらった」など聞くことがたびたびありました。「どうして手放すのだろう? もったいないな」「どうしたらいいかなぁ」と考えるものの、何から始めたらよいのか…?タンスの中にしまい込んでいたかつての自分を振り返りながらも、前に進めずにいました。
そんなとき、病院に保存していた残り1個の受精卵の移殖を考えていた時に、札幌で開催されたメンテ“力”upセミナーにアシスト参加させていただきました。セミナーで受講者と一緒に話を聞きながら、「卵を戻すならできる限り最高のコンディションで」と思い、その日から体操とトコちゃんベルト着用を再開し、第3子を授かりました。
妊婦になってからもベルトを着用しながら仕事をしていたのですが、あるときうっかり着用せずに職場に到着!助産師外来で座布団に座って働いていると…、昼前には腰や股関節が痛くて歩くのが辛い…_| ̄|○
家に帰ってからの家事もままならず…、「まさか、ベルトを着けるか着けないかで、こんなにも違うものなの?」と痛感。「これは腰痛の妊婦さんや産後のママ達に、しっかりトコちゃんベルトの良さと必要性を知ってもらおう」そして、「使わなくなったから」などと譲ったりすることなく、「使い古してリピーターになってもらいたい」と思うようになりました。
【骨盤ケア教室開催】
それから、「さて、骨盤ケア教室を始めるのなら、レジメ的なものを作成しなくちゃ」と思っても、3人目の産後でもありなかなか作業は進まず。そんなときに、青葉の担当者から「骨盤ケア教室をやりませんか?」と!「こんなにタイミングよく話が進むなんてことがあるんだろうか?」と、初めは半信半疑でした。
担当者とお会いしていろいろ話を聞いたり、始めるにあたっても分からないことなどがあるたびに、メールで質問したり…。そうして、何とか骨盤ケア教室を開催できる運びとなりました。
平成29年2月から骨盤ケア教室を開始! 最初の月は4名の参加者がありました。ところが、それからはキャンセルがあったり、マンツーマンでの教室となったりで、まだまだいろいろな工夫が必要な状況です。
[教室参加者から聞かれる声]
・トコちゃんベルトを購入したいけれど、サイズの測り方がよくわからない。
・トコちゃんベルトをネットなどで購入(もらった)したけれど、着ける場所や強さがよくわからない。
・ネットで使い方の動画を見たけど、自分の使い方が正しいのか自信がない。
・ネットで「妊婦 腰痛」で検索したらトコちゃんベルトが出てきたけど、どんな感じなのか試したい。
といった理由で参加される方がほとんどです。
[教室終了後の参加者の反応]
・着用位置を実際に触って教えてもらえ、着用の強さなどネットではわからないことがわかってよかった。
・体が楽になった、腰の痛みが楽になって動きやすくなった。
・いろいろな話が聞けて良かった。
・結婚を機に札幌に移住したため、実家は遠く、友達もいなくて心細かったが、情報交換ができた良かった。
などの声が多く見受けられます。
「骨盤ケア教室が、情報交換や友達作りの場としても、役立っているんだなぁ」と実感し、「骨盤ケア教室を始めてよかった」と思っています。
初めての教室開催から丸2年余りが過ぎ、トコちゃんベルトのリピーター(1本目のベルトを使い込んで、新たに購入された方)は2人だけですが、リピーターの方がいらっしゃったことがとても嬉しかったです。
【これからの夢】
札幌市内は北海道で一番大きな市であるにもかかわらず、分娩取り扱い施設が減少しています。理由は、分娩件数が減ってしまったため、とか、医師の高齢化です。逆に不妊治療の病院は年々増えています。
そのため、札幌近辺の全ての病医院に通っている妊娠を望む方から、妊娠中~産後の方に「骨盤ケアの必要性を知ってもらい、体をケアするお手伝いができたらなぁ」そして、「その家族が理想とするお産と子育てができるよう、お手伝いができたらなぁ」と思っています。
それで、骨盤ケア教室の際に“まるまる育児”についても軽く触れています。皆さんとても興味があるようなので、「産後に参加できる“まるまる育児教室”も開けたらなぁ」と思っています。
転勤族などの移住者が、意外と多いのが札幌です。
今は、わからないこと、不安なことはインターネットで検索すれば大体のことはわかるけど、それだけじゃ不安は解消されず、逆に不安は増すばかり。ここ数日大人と会話をしていない…。なんて人も少なくないと思います。
地域のママやその家族が情報交換をしたり、息抜きをしたりできるような、そんなコミュニティを提供できる助産師になりたいと思っているのですが…、まさに、それを実践しているのが、新人時代からの大先輩 長島英津子さんです。
彼女は3人の子どもを育てながら、フルタイム勤務をこなしながら、骨盤ケアなど院外での活動も頑張っています。
新人時代から現在に至るまで、長島さんは私の道標であり、あこがれの助産師です。
そして、北海道で骨盤ケアなどを頑張る助産師が、お互いにいろいろな情報を共有して、骨盤ケアや“まるまる育児”など、より良いケアを継続的に提供できるよう、私も微力ながら頑張りたいと思っています。