愛知県のセラピスト 吉岡朝香先生のコラム
ブラックでズタボロの私の人生を変えた骨盤ケア

 
【はじめに】
はじめまして、愛知県岡崎市の自宅で開業しているセラピスト 吉岡 朝香 と申します。
メンテ“力”upセミナーを初めて受けた時に抱いた夢が叶い、現在、トコ・カイロプラクティック学院 名古屋分室で、ベーシックセミナーを受講しています。

【生い立ち】
1979(昭和54)年、小柄な母(150㎝ 40kg)の第1子として 2,650gで誕生。
出産時にSLE(全身性エリテマトーデス)と診断された母は、次の妊娠を禁止され、私は一人っ子。母はその後、関節リウマチ・胃癌に罹り今も闘病中です。

育児日誌と母から聞いたことをまとめると
・ほとんどミルクで育ち
・小食でずっとガリガリ
・すぐに風邪をひき虚弱
・深夜に何度も救急に運ばれていた(私自身も記憶がある)
・小学生低学年のときからツライ肩こりに悩み
・ピアノ・体操・習字・英語・絵画・歌…、どんな習い事も上手くならず
・中学受験のための塾通いで、帰宅はいつも23時
・初潮は高1
・幼児期~大学生時代、全くの運動オンチ

大学入学後、摂食障害を発症。生活さえままならない日々が続き、160cmの私が28kgまで激痩せし、大学病院の精神科に入院。大学は2回生で中退。
20歳から無月経が3年間続き、23歳で結婚。3年ぶりに「月経血?」と思しき血を見た後、すぐ妊娠しました。

【初めての妊娠・出産・育児を経てセラピストに】
すぐにひどいツワリが始まり、妊婦健診時に受けた子宮頸癌検査でⅢb(高度異形成)! 癌に怯えながら、指示された通りに、2週に1回の健診を妊娠初期から受けました。
倦怠感と鬱っぽい症状に付きまとわれ、運動もせず食べて寝ているうちに、体重増加20kg!

出産は普通分娩で5時間、3,690gの長女の頭には大きなコブ! 不思議に思ったのに医師からは何の説明もなく、忙しそうな病棟スタッフに声をかけることもできず…。
「心配ないのかな?」と思いながら過ごすこと2日間、授乳室に集められたママの中で、私にだけ「話があるから残って」と言われた瞬間、「頭のコブのことや! 異常があるんや、私のせいや!」とパニックに陥り、脇目も振らず号泣。「成長の過程でなくなるだろう」とのお話で、次は安堵の涙。
産後の不安定さのうえにコブが心配でいつもビクビク。ぐっすり寝ている娘を覗き込んでは、息をしているかと何度も確認しないと気が済まず、常に神経はピリピリ。
自身の経験と「我が子に同じ思いをさせたくない」との想いから、人の体と心に興味を持ち、セラピストの道を歩もうと決意、勉強を始めました。

長女が5歳の時に離婚し、大阪で女性専門サロンを開業。
肩こり・生理痛・便秘などの不調を訴える女性に、アロマトリートメントを提供し、心と体の悩み軽減と、ストレス解消に役立てばとの想いが通じたのか、毎日、続々とお客様が来られるようになりました。
経済的にはとても有り難かったのですが、ひたすらこなすだけの仕事に疲労困憊。私の想いとは裏腹に、「とにかく、マッサージしてくれればいいから」と言われることに、虚しさも感じるようになりました。

自分の理想を追い求めるサロンにするには、シングルマザーとしては経済的に無理。そんな勇気もなく、体も心も酷使する中、再び摂食障害に。
不正出血が続き、婦人科を受診すると子宮頸癌が見つかり、円錐切除術を受けて絶望の真っただ中、当時お付き合いしていた現夫に、「妊娠出産は期待できないかも」と伝え、何度も話し合ったうえ再婚に至りました。
夫の転勤で36年間住み慣れた大阪を離れ愛知県に移り、手術から3か月後に妊娠。12年ぶりの妊婦生活が始まりました。

【さんざんな第2子の妊娠・産後】
36歳での妊娠は前回以上に不調の嵐。終わりのないツワリ・肩こり・倦怠感・イライラ・むくみ・抜けそうな腰…。家事は全くできず外食続き。しかも、ただの風邪で7日間も入院。知り合いは皆無、人付き合いも煩わしく、動けない妊娠生活は孤独で何の楽しみもなく、胎児を愛でる余裕も全くなし。
お産はというと、陣痛促進剤を使って陣痛は来たのに、子宮口がうんともすんとも開かず、「円錐切除の影響かも?」と言われ、帝王切開で2,690gの次女が生まれました。

情報収集や人とのつながりは、妊娠中も産後も全てネット。氾濫する情報で不安はさらに膨張。全身のコリ・腰痛・倦怠感、思い通りにならない自分の体にイライラ、そして絶望。娘達に「こんな母でゴメンネ」と泣き暮れ、意を決して支援センターに行っても馴染めず、鬱傾向が続いていたさ中に父が急死。
私自身は一人っ子。「こんな体の私はきっと早死する。だったら…、きょうだいは多い方がいい。まだ産めるなら」と思っていた矢先、妊娠が発覚。次女6か月の時でした。

【骨盤ケア・“まるまる育児”との出会い】
「次女の時のような妊娠生活は送りたくない!」と、聞いたことがある程度だったトコちゃんベルトを、口コミなどを見ながら藁をもすがる思いで購入。今考えると何ともお気楽。冊子を見ながら初めて着けてみた瞬間、「あらっ、めっちゃ楽やん、なにこれ?!」とビックリ。「これを発案された方が勧める体操ならやってみよう」と、渡部信子先生の本からあれこれ全部お試し感覚で始めると、前回の妊娠期が嘘のよう。

家族そろってのお出かけや、ヨガも楽しめるようになると、人体への興味は人一倍の私の心はメラメラ。「このベルト、この体操はなんで楽になるの?」「なんでいろんなトコちゃんベルトや、着け方があるの?」と、ネットで読み漁る中、“まるまる育児”に出会いました。またその頃、医療者でなくても受講できるメンテ“力”upセミナーなどがあることを知り、「絶対行く!!」 と決心。

【セラピストとして自宅開業】
未だセラピストの世界では妊娠~産後に特化したセラピーが少なく、私や私以上にツライ症状に悩む人や、ケアを必要とする人に喜んでもらえるケアを、私ができるのか…? と考えると、マユツバ。
セラピストとしての私は、私自身に憤りを感じるようになり、三女が2か月の時から、産前産後のママに寄り添いながらケアができるセラピストを目指して、妊産婦ケア専門のスクール通い。同時期、数年のブランクを埋めるための学びのアップデートにも通い、人の体に触れる感覚を取り戻すべく、パートでサロン勤務も始めました。
当初は保育園に預けていなかったので、名古屋で夜勤だけ5ケ月間、三女が7か月になり、保育園に預けてからは昼勤務のみで10ケ月間続けた後退職し、「産前産後のママのためだけのサロン」を自宅で開業しました。

【トコ企画セミナー受講】
それから、晴れて念願のトコ企画セミナーを受講。最初から全部受けるつもりでいたので、小林いづみ先生の新生児ケアセミナーを皮切りに、受けられるセミナーを全て受講。長女の頭のコブは、「産道に頭をぶつけながら出てきたから」と分かったのは、メンテ“力”upセミナーのときでした。
私の前は目から落ちたウロコだらけ。理論・実習・結果の全てに感動、先生方の膨大な知識に感服、妊産婦・赤ちゃんをはじめ人類への愛を感じ、同じ女性として憧れました。私が妊娠中に、いや、それ以前に先生方にお会いしていたら、ブラックでズタボロの私の人生は、もっと違っていたに違いないと、心底思ったのでした。

「私が出会った感動を多くの方に分かってもらいたい。早ければ早い方がいい。そのために私にできることは?」と模索し始めたものの、そう簡単にはことは運びませんでした。
サロンに来られる方や周りの方々に、セミナーで教わったことを「お伝えしたい!知ってもらいたい!」と、気持満タンで前のめりでお話しても、ケアは上手にできず、響いていないことを痛感。苦悩は増すばかり…。

医療資格のない私が、気持ちだけではお伝えできない。限られた時間内で、クライアントに合わせて必要な情報を、どのようにお伝えすればいいのか…。クライアントのためにも、「牛歩のごとくでも、何とかせねば!」と、じっとしていられなくなり、「信子先生にお会いしてみたい!」との想いは膨らむばかり。

無謀にもトコランチを申し込み、午後からの“らくらく育児教室”も見学。雲の上の存在の信子先生を目の前に、緊張し見惚れているだけ。何も話せず不審者状態の私だったと思いますが、「もっと勉強したい!」と、自分をさらに鼓舞できました。
その後、小林いづみ先生の個別ケアなど、参加させて頂けるところには次々と参加し、自分なりに食らいつきに行きました。

先生方の教室・個別ケアは“究極のママ目線” “赤ちゃん目線”で、かつ要点を抑え論理的、引き出しは無限。もう圧巻で私の目はギラギラ、口は空きっぱなしでした。同じようになんて到底なれないが、目指す先が明確になり、体感できたことは何よりの宝となりました。もちろん、娘達も私の宝。次女は2歳から本格的に、3女は生まれて間もなくから“まるまる育児”を続けたお陰で、器用で箸の持ち方もきれい。ピースの多いパズルもスイスイ。そしてずる賢さも(笑)。

【“心身一如”を身を持って感じる日々】
開業してしばらくは妊婦さん中心のサロンだったのですが、無事にお産を終えられて来られる方が増えてきました。「この下腹どうにかなりませんか?」「ズボンが入らないんですけど、いつ入るようになりますかー?」などといった体形にまつわる質問が続々。
そんなママ達に、「やせるためだけの骨盤ケアじゃないんだ! 理論からしっかり腑に落とし、分かってほしい!」と叫びそうになりましたが、「自分の押し付けだけではアカン!」と自制。

私が持つ説得力は私そのもの。「母・女・仕事のどれも諦めず楽しむ! それしかない!」と、恥を忍び、私をさらけ出すことを決心。保育園のママ友や、彼女達の口コミで来られた方に、骨盤ケア・“まるまる育児”をお伝えし、いい結果が出ることにより、「この人の言うことなら聞いてみよう」と興味を持つ人が増え始めました。

妊娠前からの骨盤ケアの大切さや、“まるまる育児”が人から人に繋がり、縁が繋がっていく中で、いろんな産後ママのお話を伺うようになりました。すると、体形から自信を失い、「産後なんてこんなもの」と自分に言い聞かせ、仕事も女も捨てていくママの多いこと!“いい母”になろうと頑張っても、世間の作った理想のママ像から外れる恐怖・自己嫌悪。さらに、内に籠り、人との接触を避け、体の不調もエスカレート…、まさに負のループ。

サロン来られる産後ママからは、「3人も産んだ体形とは思えません! 何してるんですか?」「いつも元気ですね。悩みなんてないでしょ?」と尋ねられるたびに、「骨盤ケアが1番!」と答えると、真剣に耳を傾ける人が現れるようになりました。

全てはトコ企画セミナーで学んだ体操や操体法。日頃のセルフケアに加えて、クライアントに必死で実演しながら教えているうちに、健康になったのは自分が一番?!ズタボロで娘達にもいい迷惑でしかなかっただろう私は、もういなくなっていることに、改めて気づいたのでした。

【今後】
心身ともに疲れ切り、教室への参加や支援センターに集まるのが億劫。様々な支援から漏れ、よい情報を手に入れにくい環境と孤独に耐えながらネット検索を繰り返し、氾濫する情報に翻弄され崩壊していくママ。
また、出産の高齢化が進む中、キャリアのあるママも増え、仕事とは違って成果が見えず、思い通りにならない自分の体や育児にヤキモキ。

しかし、「しんどい、ツライ」と口に出すことは「“できない母”“ダメな母”とレッテルを貼られるようで、素直な気持ちや現状を吐露する相手場所もない」と言うママ達が増えていることに気付きました。
そんなママ達を皆で支えあうシステムやコミュニティ作りをしていきたいと考え、これまで無縁だったマーケティング・ブランディング・USP(Unique Selling Proposition)なども学び始めました。

医療者ではない私に、的確にケアできる知識と技術を、これほどまでみっちり教えて頂いたにもかかわらず、あまりの深さに悶絶。医療者ではない劣等感、伝えることの難しさに打ちのめされたこともしばしば。
そんなときに励まして下さった仲真衣さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。

“どこの馬の骨”とも分からない 1セラピストである私に、学ぶ機会を与えて下さったトコ企画・トコ・カイロプラクティック学院の皆さまに心より感謝しつつ、これからも先生方の想いや教えを決して無駄にすることなく、私の血・肉とすべく食らいついて行きます!