北尾博美さんのコラム 「傾聴・共感・受容…悶々とした気持ちを断ち切りたくて」
 
みなさん、こんにちは。私は島根県松江市在住の助産師、北尾博美です。

私が骨盤ケアに興味を抱いたのは、以前勤務していた総合病院の先輩から「渡部先生のセミナーを受けてごらん、目から鱗だから」との一言からです。ですが、そんな矢先、産科病棟が閉鎖してしまい、私は退職を決断して2008年、現職場に移りました。
私が勤務している、松江市のたがしらレディースクリニックは、市内での分娩取扱い件数が最多であり、必然的に、多くの妊産褥婦さんと関わりを持つ機会が増えました。中でも、妊娠期や産褥期におけるマイナートラブルの訴えに、幾度も遭遇することがありましたが、ケア方法を知らない私は、訴えを聴いても、気休めの言葉を掛けて終わるしかありませんでした。
看護のコミュニケーション技術である、傾聴・共感・受容。これらは、いかにもクライアントに寄り添っているかのように思えます。しかし、この技術がいくら優れていても、クライアントの不快症状の解決には至りません。「助産師としての知識や技を使って不快症状をスッキリさせたい」私はこれまでの悶々とした気持ちを断ち切りたくて、2009年に母整研セミナーに参加しました。母整研セミナーの率直な感想は「難しかった…」。おまけに、渡部先生が講師ではなかったので、会えなかったことが、とても残念でたまりませんでした(>_<)

この先、「渡部先生に出会うチャンスはないかもしれない」と落胆していた頃、朗報が舞い込んで来ました。なんと、2011年より メンテ“力”UPセミナー が始まり、私は職場の同僚を誘って即受講。念願であった渡部先生にようやく巡り会うことができたのです。渡部先生の京都弁での軽やかな口調と、笑いを交えた講義内容は、山陰育ちの私には、とても新鮮でした。

そして、“目から鱗”とはどんなものなのか、人生初体験した瞬間でもありました。更に驚いたのが、私自身の骨格です。母から何度となく聞かされた、赤ちゃんの頃の想い出話と言えば、「歩行器に乗ってご機嫌だった」という話。そして、赤ちゃんの頃の数少ない写真までもが、歩行器に乗っているものでした。母はよっぽどその姿がかわいかったようですね。ですが、そこにS字状湾曲のない薄っぺらな私の身体の原点があったとは、トホホ…です(@_@;)

しかし、その当時は、そんな子育てが主流だったのですから、母の良き想い出は大切にしておきましょう。私は子供の頃から身体の柔軟性がなく、体育でのマット運動や水泳が得意ではなかった謎が解け、妙に納得し、これを機にベビーケアにも興味が湧いてきました。
「もっともっとトコちゃんを知り尽くしたい」との意気込みで、2012年8月トコベルアドバイザーに臨み、合格しました。
しかし、心の底からから喜べない現実が待ち受けていました。ちょうどその頃、父が療養中で病状が気がかりで仕事に集中できない日々…。そんな中、トコベル合格から、わずか16日後に父は他界しました。年内にベーシックセミナーまで進みたいと目標を掲げていましたが、さすがに入講試験に取り組む気力がないまま、数日が過ぎ、悲しみが癒されることはありませんでした。でも「くよくよしている姿より、頑張っている姿を父は見たいはずだ」と、気持ちを切り替えて、入講試験に取り組み、10月からのベーシックセミナー@名古屋への受講が叶ったのです。

そして、目標通り年内にベーシックセミナーを修了することができました。この目標達成の裏側には、多くの方々の支えがありました。セミナー受講料や旅費、勤務保障をしていただいた理解ある職場。そして、不器用な私に熱心に教えて下さった渡部先生。教わった知識と技術を合宿で共有し合い、同じ目標に向かって勉強した受講生の仲間。松江→名古屋間をJRで日帰りしていたため、早朝に起床し松江駅まで送ってくれた夫。
私に原動力を与えて下さった、すべての皆様に、感謝の気持ちでいっぱいです。

2013年1月より「いきいき骨盤ケア教室」を開始し、先月、祝1周年を迎えました。「今後は“ヨガ教室”や“ベビーケア教室”もやりたい」そんな野望が高まります。
渡部先生の夢である「郵便ポストの数だけケアギバーを増やす。」私は、山陰の地でその役割を果たしたく、これからも研鑽を積み重ねたいと思っています。